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■ 福澤 諭吉(
ふくざわ ゆきち) -
西郷隆盛を称える先駆者の辞 - |
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福澤 諭吉
(ふくざわ ゆきち)
「西郷は天下の人物なり、日本狭しといえども、国情厳なりと言えども、あに1人を容れるに余地なからんや
日本は1日の日本にあらず、国法は万代の国法にあらず、他日この人物を持ちうるの時あるべきなり、これまた惜しむべし。
明治10年の戦争は、大久保が江藤を断罪し、前原を処刑したのも、西郷らが死を決して起たざるをえなかった原因であって、西郷らをして戦争に立たざるをえないように追い詰めたのも政府であり、西郷らの行動は「日本国民抵抗の精神」として、後世に伝えるべき貴重なものを含んでいる。
(丁丑公論) |
| 世界に専制の行われる間は、これに対するに抵抗の精神を要す。他人を自分の意のままに従わせようとするところに専制が生まれる。大国の専制、多数の専制、世論の専制、いずれも同じである。専制の精神そのものを除去することはできない。なぜなら、其れは人間の本性に由来するからである。専制を防ぐには各人が勇気を持って抵抗することがぜひとも必要である。 |
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| 一国の文明はひとり政府の力をもって進むべきものにあらざるなり(学問のすすめ) |
| 社会の進歩は政府の指導によってなされるわけではない。しゃかいの無数の人々の創意工夫と絶え間ない努力によるものである。もしそれがなければ、仮に政府がひとり賢明であっても、一国の文明開化は不可能である。この点は、20世紀の近代化に失敗した国々の例からも明らかであろう。 |
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| 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と云えり(学問のすすめ) |
| 一身独立して一国すること。何事も他人に依存して独立していない人間は、「主人」の務めをしたことがなく、いつまでも「客」の気分でいる。自分が属している国についても、自分自身の事柄として引き受けるという構えが生まれない。国家は政府だけが考えるのではない。他ならず国民が支えるのである。一国の文明はひとりの政府の力を持って進むべきものにあらざるなり。 |
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