敬天愛人 考
敬天 ・・・ 天を敬う 敬神 ・・・ 神を敬う 易経に「敬を以って内を直くする」「義以って外に方う(むかう)」とあり 敬愛 ・・・ 敬いいつくしむ事 敬虔 ・・・ 慎む事 茶道の方では「和敬静寂」 敬慎 ・・・ 天の怒りを慎み敢えて戯豫せず 戯豫はあそび戯れる事
【 白川学説 】
苟 敬 憼 敬は苟と攴とに従う
【 念舟解説 】
天(神・見えざる偉大な存在)と仏(親や先祖)と人(先輩・後輩・妻・子供)を心から深く敬うことだ。 誤解される恐れがあるが、それは人の持つ魂を深く敬することである。 佐藤一斎の言志四録のなかに「精義入神は聡明の堅なり」の文があるが、敬を深める事より人格が出来上がるのである。
西郷さんは、 ◎ 敬天愛人をよく揮毫し、実践した ◎ 敬天愛人とは大いなるものを敬うことである ◎ 天は宇宙であり、神であり、サムシング・グレートである ◎ 大いなるものの前では人間は謙虚でなければならない ◎ 敬天、本来は儒教の言葉である
天命 ・・・ めぐり合わせ 運命 天帝 ・・・ 天の主宰 万物造化の神 天恩 ・・・ 天子のご恩 天倫 ・・・ 自然の常 人倫 天佑 ・・・ 天の助け
天理 ・・・ 天地の万物に通づる道
天誅 ・・・ 天誅組
大は人の正面形。その上に頭部を示す円を加えた形で人の巓頂を示す
日本人は天をあめといった。宇宙を表現するのにあめつち(天地)と言う。 日本人の深層意識の中にも当然、神聖にして大いなる存在であるという観念があって、古代中国の祭天の祭儀に通ずる祭祀があるという。
西郷さんが学んだ儒教の中には、天命は民意を媒介として表現されるとの教えがあり、敬天を意識する時、民を敬うという思いが西郷さんには強くあったのではないかと思う。
「書」における天とは概ね民という語と対応する関係において、用いられていると白川先生は解説している。古代の宗教的観念が、政治的な考えとして重なっているところを考える必要がある。
博愛 ・・・ 広く平等に愛する事 韓愈に「博愛これを仁と謂う」 公愛 ・・・ 公衆を愛する事
後ろを顧みて立つ人の形である と心の会意字である
敬天は儒教の言葉であるが、愛人を後につけたところに西郷さんの人生と人格が集約されている。西郷さんは公愛の実践者である。王氏の学は、普遍の愛を奉仕心で実践するところに妙意があるのである。
命もいらぬ名誉もいらぬ西郷精神がいとおしくてたまらない。
西郷さんは、 ◎ 愛人とは公愛である ◎ 他者を愛する事とは、普遍の愛を実践することである ◎ 愛人を誤解してはいけない。人間の本能的な愛を言っているのではない ◎ 他者に及ぼす愛は教育や、悟りから生まれるものである
人格 ・・・ 人柄 人の品格 人望 ・・・ 人々のしたい仰ぐこと
人情 ・・・ 人の思い
人の側身の形
【 白石念舟解説 】
人間は言語、道徳、智力を有してこそ人間になれる。西郷さんの手抄言志録九十二にあるように、天地精英の英気を内におさめなければ、人間らしく成れないのだ。この気のない人は、鄙負小人で人として数えるのに値しないと、一斎先生は言っているのである。
しかし、天が与えてくれた人としての命は尊く、生かさなければ天意に背くのだ。敬天愛人を学ぶ者は奉仕の心で仕事を行い、限りなく腰を折りながら、万物に祈り、そして万物をまつらなければ西郷精神を学んだ事にならないのである。
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