小倉 処平 (こくら しょうへい)
飫肥隊の隊長小倉処平は2年間英国に学んだ俊才である。 (明治4年2月〜明治6年冬帰朝)官命によって英国に留学した数十名の留学生の内、学識において処平の右に出る者はなかった。経済に長じ、西洋を知り、知力学識あり、生来肥満、風采も堂々として、 日頃から政府の西洋化政策を難じ、郷党から「飫肥西郷」と呼ばれ親しまれていた。
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