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拉致家族
平成16年5月18日、外人記者クラブで、私の友人が主宰する会(日本経営者クラブ)において、北朝鮮に拉致された、横田めぐみさんの、ご両親の講演を聞く事が出来た。ご両親から、今から23年前、めぐみさんが拉致された日の状況、警察を含めた大掛かりな捜査、毎日、毎日街頭に立ちビラを配り、世論に訴えてきたおかげで、やっと政府が動き、めぐみさんが、北朝鮮に拉致されて、北朝鮮で結婚して孫のヘギョンちゃん、がいるとのことを知った。しかし、小泉首相が北朝鮮を訪問したときに、めぐみさんは死亡との知らせを受けた。その後、北朝鮮より韓国に亡命した方の証言などで、めぐみさんは北朝鮮に今でも生きているとの情報をいただき、そのことを信じて今でも、毎日、毎日、めぐみさんが、日本に帰って来る事を信じて、一生懸命に頑張っている姿を見て、胸が痛くなった。早くめぐみさんが帰って来て、このお父さん、お母さんの喜ぶ顔を見たいと思ったのは、私だけではなく、出席者全員がそのような雰囲気であった。
しかし、ご両親は4日後、5月22日に小泉総理が再度北朝鮮に行く事が決まっていたので、期待と不安で言葉を選びながら語っているように思えた。
小泉首相再訪朝
22日朝、小泉首相が羽田空港より北朝鮮に向って出発、緊張した顔、胸にはブルーリボンのバッチ、北朝鮮に拉致された家族の救出を願う人々のシンボルバッチだ。それを見た拉致家族の皆さん全員が、総理の決意を感じて感謝と期待を大きくふくらませて、会談の結果をまった。結果は、約一時間半の会談で蓮池さん地村さん夫婦の子供たち五人の帰国、壱千万ドルの医薬品支援、食料25万トンを支援する。日本は平壌宣言重視の立場から、北朝鮮が平壌宣言順守する限り、経済制裁を発動しない。その他の約束をして小泉首相が帰ってきた。
それには、拉致被害者の家族側から不満の声が相次いだ。裏切られた。「私達はどこまで叫び続けたらよいのか。なぜ正面から話をせずに帰国するのか理解出来ない」。「プライドはおありなのか、二回も金総書記に騙されているのに平気な顔だ」「総理は敵前逃亡した」。など厳しい批判があいつだ。たしかに、今回の総理の北朝鮮訪問は納得いかない、国内では年金の未納問題で国民の六割以上が「今、年金法案を成立させるべきではない」とする世論調査もあるにもかかわらず自民、公明両党が強行に、今国会での成立にこだわっていることへの批判をかわそうとして、人々の耳目を集めようとの魂胆から今回の北朝鮮訪問と思われても仕方がない、あるいは、参議院選挙用のパホーマンスと思われてもしかたがないである。
尚、訪朝前から米支援二十五万トンの件がマスコミに流れて、首相周辺から訪朝を邪魔するのかと恫喝、一部のマスコミをボイコット、ニュスソースを明かせば訪朝に同行させるとの横暴も伝えられた。
周囲の慎重論をよそに、そこまでして、総理大臣が訪朝するということは、事前に北朝鮮との間に国民が納得のいく約束があったと思って期待をしたが、
結果は、拉致家族の解決には前進がなく、経済支援を約束し、北朝鮮が日朝平壌宣言を守っている限り、経済制裁をしないと約束したことは納得出来ない。それは、第一の経済制裁カードである外為法の改正が今国会で成立、第二のカードとして特定船舶入稿禁止法が国会に提出されているからである。
審議している法律が出来る前に、使わないと相手国に伝えることはお粗末過ぎる。そもそも、北朝鮮は、一昨年九月の平壌宣言が結ばれて以降、核開発の凍結を一方的に解除して、核拡散防止条約から脱退を宣言した。これは『国際的合意を順守する』とした日朝平壌宣言に違反している。
今回の総理の訪朝での合意は、国民の中で大きな物議交わす事になるのではないでしょうか。明治維新において、儒教、仏教の道議的精神を涵養して、道議国家を作ることを目指した、西郷隆盛の教えの中に、はかりごとは、かねては用いてはならない。はかりごとを、もって行なった事は、その結果を見れば良くない事がはっきりしていて必ず後悔するものである。また、外国と交際する時は、正道を持って、義を尽くすのが政府の努めと教えています。
『南洲翁遺訓』一七編
正道を踏み国を以て斃るるの精神無くば、外国交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に従順する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。
(意訳)正しい道を踏み、国を賭けて倒れても、やるという精神が無いと外国との交際はこれを全うすることは出来ない。
外国の強大なことに恐れ、ちぢこまり、ただ円滑にことを納める事を主として自国の真意を曲げてまで、外国の言うままに従う事は、軽蔑を受け、親しい交わりをするつもりがかえって破れ、しまいには外国に制圧されるに至るであろう。
『南洲翁遺訓』一八編
談国事に及びし時、慨然として申されけるは、国の凌辱せらるるに当たりては、縦令国を以て斃るとも、正道を践み、義を尽すは政府の本務也。然るに平日金穀理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆども、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、唯目前の苟安を謀るのみ、戦の一字を恐れ、政府の本務を墜しなば、商法支配所と申すものにて更に政府には非ざる也。
(意訳)話が国の事に及んだとき、大変に嘆いて言われるには、国が外国からはずかしめを受けるような事があったら、たとえ国全体でかかって倒れようとも正しい道を踏んで道義を尽くすのは政府の努めである。
しかるにいつも金銭や穀物や財政のことを議論するのを聞いていると、何という英雄豪傑かと思われるようであるが、実際に血の出ることに臨むと頭を一カ所に集め、ただ目の前の平和だけを図るばかりである。
戦の一字を恐れ、政府本来の任務をおとすような事があったら商法支配所、と言うようなもので、一国の政府ではないというべきである。
庶民的英雄
西郷は不思議な英雄であった。いったい英雄というものは、古今東西お問わず良心的でなかったものである。アレキサンダー大王、シザー、ピター大帝、ナポレオン、ビスマスクが良心的であった話を聞いた事がない、漢の皇祖、項羽、曹操、劉備等も同じだ、信長、秀吉、家康もまたそうだ。
英雄は常に自身に満ち、野心に燃え、最も自我心旺盛であるから、良心は常に圧倒され萎縮していると解釈しても良いかも知れない。ところが西郷は終生最も鋭い良心を持ち続けた人だ。若く純真で不遇な時代には、人は多く良心的だが、年長け、得意の境遇になってなお良心的であった人はめずらしい。西郷はそのめずらしい人だった。
『海音寺潮五郎「史談と談論」』
西郷を知ると知らざるとに論なく、彼を愛慕し、尊崇し、ほとんど偶像視するに至らしめたる所以は、西郷が軍人としてでもなく政治家としてでもなく、人間として実に大いなる魅力を持っていた為といわねばならなぬ・・・・・西郷は日本国民に生ける英雄として千個に存ずる・・・日本国の存ずる限り彼は日本国と共に生きるであろう。大和族の存ずる限り、彼は大和民族と共に生きるであろう。
『徳富蘇峰、近代国民史』
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