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国民がこの国の偉人、この国の豪傑、そう云う人々を尊敬し、嘆美し、したがって崇拝できる間は、その国民は、まだ血が通っている国民である。併しながら、偉人を偉人とせず、豪傑を豪傑とせず、崇拝、嘆美、称賛、欽慕と云うふうなことを、一切除外してしまうような国民になった時には、もはや是は済度しがたきものであると思います。
私は、南洲翁が人望があると云うばかりではなく、この南洲翁を慕ふと云ふ国民の心が実に有難い。こう云う心がある間は、日本はまだまだ大丈夫である。是が無くなるときには、恐らく国が滅びる時と思います。
(大正15年9月24日、南洲翁、没50年記念講演)
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