西郷南州翁逸話

October 31, 2017

恩賞を固辞

 

   西郷は明治2年、維新の功労により、第一の元勲として賞典録を朝廷から受け、藩士としての最高の永世賞大典録二千石。更に9月には王政復古の功により正三位に叙された。

  しかし、西郷は自分の如き無名の藩士が、かような位階をうけては、第一これまで戦死した多くの志士に対して誠に申し訳ないとして再三辞退を申しでた。半生の心血を傾けて王政復古の聖代を迎え得たことが無常の感激であるので、それ以上、個人的な栄誉を望むのは、天意に反するものであるとの、誠に清く高い心境は、到底凡人の思い及ばぬことであり、西郷のような真に己を空しゅうする至誠の人に対して初めていたり得るところである。

 

巡査から怒られる

 

  伊作の与倉集落から出て16歳から西郷家にいた家僕の、老後の思い出話だが、西郷家の所有地が吉野の雀ケ宮にあったもので、南州翁は、そこへ行く時には、広馬場の西本酒屋から焼酎糟や酒粕を買って樽につめ、馬に積んで自ら引いて出かけられた。

  ある時、4才の次男、午次郎さんを背負い、お供をして、吉野に行く途中、上町の車町で、石につまずいて、足を痛めたところ、旦那はすぐ近くの瀬戸山薬店に行って膏薬を買ってきて、私の足指につけてくだされた。その間、馬を路の端に立たせてあったところ、そこへ通りかかった巡査がとがめたので、旦那さんは「わるうござりました」と謝りましたが、聞き入れず、近くにある警察署に連れて行かれた。私は子供を背負ったまま警察の門で、うろうろしていたところ、別の巡査が外から帰ってきて、何事かと聞いたので、かくかくの次第で今、旦那さんが引っ張られて行ったから、ここで待っているところだと言うと、「旦那とは誰か」との問いに、「武の西郷様だ」と答えたら、びっくりした面持ちですぐ省内にはいったが、間もなく出てこられて、また馬を引いて出かけられた。西郷さんは決して言い訳などは言われず自分の非をただされた。

 

肥汁をかけられ

 

  明治6年の政変で政府と決別し鹿児島に変えられて、今もある武町の屋敷おられた時の話であるが、ある日の夕方、例の通り、夕方食事して、草履を履き、田んぼのあぜ道を散歩しておられたときのことである。ちょうど、狭い道を肥料桶をかついで通りかかっていた百姓のおやじが、行きずりに西郷さんが通られると気付き、感極まり行きずりにヒョイと腰をかがめて挨拶をした。その瞬間、その桶の中の肥汁がチャプンと飛び出して、こともあろうか、西郷翁の着物のすそにさっとかかった。おやじさんはこれを見て桶お下ろして青くなった。恐縮している親父さんに、西郷は「んにゃ、おしいことしたね、花も咲かせ、実も成らす肥料を、おいのぼろ着が吸い取ってしもって」と言われて、しかし袖を拭きもしないで歩いて行かれた。百姓おやじ、ただ手を合わせて頭をしばらく上げなかったと。普通の人だったら、それも総理大臣級の人物ででありながらなんという平身低頭な西郷翁であろうか。このことが西郷を別に罪なきにもかかわらず、大島に島流しにして、途端の苦しみをさせた島津久光であったらどうだったであろうか。

  イギリス人が自分の行列の前を横切っただけで殺してしまい、有名な生麦事件を引き起こし、日本の一大事の薩英戦争まで発展せしめた久光ならば、百姓おやじにどんな処刑をしただろうか、身震いがする。

 

若者の下駄の緒を立てる

 

  この頃、畑仕事に出かけるときは、全くみすぼらしい百姓おやじの姿であったので、どこの誰やらわからない。ちょうど道で出会った侍あがりの若ものが、「オイ、おやじ、俺の下駄の緒が切れたので立ててくれ」と足を突き出すと、西郷は、ハイハイと答えて、自分の手ぬぐいを腰から取り、端を引き裂き、古下駄の緒をたててやった。すると若者は「オイ足にはかせんか」とまた、足を差し出した。すると西郷は下駄の緒を手で緩くして、若者の足を握り下駄をはかせた。若者はろくに身もせず御礼の一言も言わずに立ち去った。それから、その百姓おやじが西郷翁だと人から聞かされ、若者は青くなって武村の宅に飛んで行き、翁に面談すると、頭を地面にすりつけた。「下駄の緒をたててもろうて、西郷翁とは知らず御礼も申し上げませず、お許し下さい」とあやまると、翁は笑って、とがめず、「自分のことは自分でしたがよか」と一言だったと。

 

砂のついた握り飯を平然と食べる

 

  西郷さんが参議になられた頃、他の参議はいずれもあっちこっちからご馳走を取り寄せるのに、西郷だけは従僕にいつも手製のものを持ってこさせた。ある時、大隈参議の従者が、西郷の従僕に対して、試しに「貴公の主人の弁当は何々か」と、聞いたので、西郷の従僕は「そりゃこの握り飯だけだよ。びっくりするなよ」と風呂敷を解いて竹の皮を開くと、出てきたのは、味噌をこってりつけた拳大の握り飯だけだった。明治5年の「秋のこと、御新兵諸隊の演習が東京越中島で挙行された。西郷都督も出場した。昼食の時、諸将は皆立派な弁当を開いたが、一人西郷都督は、従僕から一個の握り飯を受け、その包紙をほどこうとして誤って取り落とした。裸の握り飯は地上にごろごろ転がって砂がついたが、それを取り上げて、その砂を、ふっと口で吹き払い、平然として砂のついた握り飯を食べた。その有様を見ていた兵士たちは、皆、目を見合わせて、西郷都督の行為を感心した。

 

雨中に立ち往生

 

  西郷が陸軍大将出会った頃のこと、ある日、太政官から退庁しようとして履物を求めたが、下僕がそこにおらず、探そうにも探せない。それでやむなく足袋裸足のまま退出した。ちょうどその時、時雨が降り出して、ずぶ濡れになったが、翁はそれを少しも気にとめず、悠々として朝廷の門を出ようとすると、いきなり門衛が怪しんで呼び止めた。

すると翁は「西郷だ」とつげても門衛は信用せず、ずぶ濡れの西郷に「待て」と呼び止めた。翁は強いて争いもせず、言い訳もいわず、急雨を浴びて門頭に立ちつくしていた。

  その時ちょうど、岩倉右大臣が通りかかった。翁が門衛とともに雨の中にずぶ濡れになって立っている姿を見て驚き「そなたは西郷大将だが」と声をかけたので、門衛も初めてわかって驚き、あわててあやまり、罪の沙汰の命令を青くなって待っていた。しかし翁はかえってその職務に忠実なのをほめて、岩倉大臣の馬車に同乗させてもらって帰られたとか。

 

 

老人の車の後押し

 

  南州翁の徹底下愛情は肉親や部下などと限らず、どんな人でも、どんな場合でも、他人が難儀して苦しんでいるのを見ると、そのまま、じっとしておれなかった。これは、陸軍大将になってからの話であるが、翁が金ピカの陸軍大将の服を着て、東京九段の坂下まで歩いて来ると、思い荷物を引く一人の老人が坂をどうしても上がれずに困っている。それを見た翁は、さっそく、後ろから車をぐいぐい押して、坂の上までで押し上げた。体の大きいのに金ピカの軍服を着ているので汗も流れた。「じいさん、この荷は無理だ。これからもっと荷を軽くしたほうがいいよ」と親切に注意した。

  爺さんは、涙をながしてありがたがり、後ろを見返り、見返りすると、金ピカのふき雨を着た陸軍大将の西郷翁が平気な顔で汗を流している。坂の上で、そのじいさんは、地べたに頭をすりつけて、ありがさに、ガタガタふるえて、お礼を言うと、西郷翁は「着物がよごれるが」と言って、スタコラまた坂道を下りて帰ったと。

  

 

やっぱり兄にはかなわない

 

   西郷は家庭で、また日常の生活で、食事についても、ご馳走の有無や塩加減のよしあしなど一切ふれず家人を責めることもなかった。維新後、一時、東京の浜町で弟の従道と同居していた頃のことであるが、ある朝、夜明け前に食事を済ませて出かけた。あとから起きた弟の従道が食前に向かって見ると、肝心の味噌汁が、ただ、さ湯だけで、中に、味噌汁も塩気もない。まかないのおばさんをとがめると、「ハアこれは、すみませんでした。今朝、旦那さんが、早くお出かけで、暗くて、ついお味噌を入れるのを忘れました」という。

「それで兄さんはどうだった」と聞くと、

「はい、旦那さんは、これは、うまいとおしゃって二杯も召し上がりました」との答えに、さすがの従道も「うーん、やっぱり、おれは、兄どんにかなわぬわい」ともらしたという。

 

カステラ持って来い

 

   東京高輪の大円寺というのは、薩摩の江戸時代からの菩提寺で、戊辰の役その他、南州翁の同士でこの墓地に眠っているものも多かった。翁は多忙な中でも墓参を欠かさなかった。ある日、高島鞆之助(後の陸軍中将)を連れて、その墓参りの帰り道、突然、大久保邸を訪ねた。そして、あいさつがすむとすぐ、「この頃、参議連はみんな立派な邸宅を立てているそうな。しかし、大円寺の戦死者墓地は、まったく草がぼうぼうとしている。あれはどうするつもりだろうか」と言い出した。その頃、大久保は二本木に広壮な邸宅を建築しかけていた時だったから、むっつりして一言二言、曖昧な返事をしただけ。西郷は「鞆どん、もう帰ろう。今日は機嫌が悪いようだ」と、そのままささと席を立ってしまった。しかし、門外に出に出かけてから、ヒョイと止まって、「鞆どん、鞆どん、」と呼ぶので、「なんですか」と聞くと、「今な、カステラが出ていたろ、アレをもらって来ないか」とのこと。高島もなかなかの男だから、「ああ、そうでしたね」といってすぐ引返して上がり込んで、カステラだけを持ち帰った。そんな天真爛漫な子供のような無邪気さもあった。

 

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