■ ラスト・サムライ

咲く花の美しさ、散り際の潔さー花は散るために咲くのではない。己の天命を知り、そのかけがえのない命を、ー分の迷いもなく全うするからこそ、美しい ------------------------  日本人の 中に脈々と息き、今なおそのDNAを熱く刺激するサムライ・スピリット。現在欧米で活躍する日本の男達が「サムライ」と称され、その「大和魂」に注目が集るのは、理由のないことではない。  人々は彼らの中にサムライ・スピリットを見る。そして、その魂に魅了される。『ラスト・サムライ』は日本の魂であるサムライ・スピリットにハリウッドが初めて真っ向から取り組んだ記念碑的作品である。  舞台は明治維新の日本。日本という国は、こんなにも美しい国だったのか。日本人は、これほどまでに誇り高く、強く、切なく、真っ直ぐに生きてきたのか、とやがて、サムライたちは、最期の決戦へと旅たっていく。  その先に待つものが、たとへ何であったとしても、男達の瞳には一点の迷いもない。壮絶にして美しい生きざまに、震えるほどの感動が押し寄せる。日本のサムライ・スピリットは、そのとき、確かに国境を越える

------------------------ パンフレットより。

「西郷は天下の人物なり、日本狭しといえども、国情厳なりと言えども、あに1人を容れるに余地なからんや  日本は1日の日本にあらず、国法は万代の国法にあらず、他日この人物を持ちうるの時あるべきなり、これまた惜しむべし。  明治10年の戦争は、大久保が江藤を断罪し、前原を処刑したのも、西郷らが死を決して起たざるをえなかった原因であって、西郷らをして戦争に立たざるをえないように追い詰めたのも政府であり、西郷らの行動は「日本国民抵抗の精神」として、後世に伝えるべき貴重なものを含んでいる。 「福沢諭吉 丁丑公論

西郷を殺したもの達がことごとく喪に服した。涙ながらに彼を葬った、そして涙と共に彼の墓は今日に至るまで、あらゆる人々によって訪れられている。かくの如くにして、武士の最大たる者、また最後の(余輩の思う)者が世を去ったのであ る。

「内村鑑三]

ラストサ・ムライ「THE GREAT SAIGO」

- その仲間達 「壮気漲る薩軍の将星 -

桐野利秋

桐野利秋の人となり気宇宏濶人を待つに城府を設けず、武人らしき武人であった。士気一発すれば三軍の将卒も仰ぎ見ることを得なかったといふ。十年の役南洲翁は一切の軍事を挙げて桐野に一任した。

両虎相争非善謀 両虎相争うは善謀に非ず

一刀一扇却胎羞 一刀一扇を却(ひく)は羞の胎(もと) 何人当日知兵在 何人や当日の兵在るを知る 唾手収来六十州 唾手して収め来る六十州    利秋

(解説)   この詩は利秋の真の武人である思いを顕している。西郷翁を信じ、全幅の信頼を置き、殉じた心情があふれている。両虎は西郷と大久保とを表していると考えてもよいが、政府軍と薩軍と解釈してもよいとおもう。両者はかりごとを超えて、大きな時代の流れの中でぶつかりあっているのである。一刀を抜き一扇を返したからには、引く事は武人の心情に適わぬところであろう。何人が当日の兵の思いを受け取ることが出来ようか。自分は手に唾して日本の改革を西郷さんの後についてやってきたのだ。 写真で見る限りでは、書体はのびのびとして留まるところが無い。気宇宏濶の人と評しているが、まさにその通りの人物であったであろう。

篠原國幹

篠原国幹は恐るべき不言実行の人で、眼を以って唇に代え、腕を以って舌に変へた。しかも態度自ら禪機に合し、私学校を監督して薩摩隼人の英気を鼓舞作興した。南洲翁の股肱中実行力の敢為なるに於いて抜群であった。

有雨有烟又有雲 雨あり烟あり又雲あり 中原万里乱紛々 中原万里紛々と乱れり 腰間秋刀令方試 腰間の秋水まさに試さん 掃尽妖邪謁国君 妖邪を掃尽して国君にまみえん 国幹